大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(ネ)393号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 株式会社 ダイアン商事

右代表者代表取締役 安川俊雄

右訴訟代理人弁護士 大森明

被控訴人(附帯控訴人) 金子町子

右訴訟代理人弁護士 倉田雅充

主文

一  控訴人(附帯被控訴人)の被控訴人(附帯控訴人)に対する東京法務局所属公証人河津圭一作成昭和六〇年第一三〇四号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行は、これを許さない。

二  控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

三  本件につき当裁判所が昭和六〇年一一月八日にした強制執行停止決定は、これを認可する。

四  前項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。

二  被控訴人

主文第一、二項同旨(当審において訴えを変更した。)

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  控訴人と被控訴人との間には、控訴人を債権者、被控訴人及び訴外菱沼敏雄(以下「訴外菱沼」という。)を連帯債務者とする東京法務局所属公証人河津圭一作成昭和六〇年第一三〇四号債務弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が存在し、本件公正証書には、次の記載がある。

(一) 被控訴人及び訴外菱沼は昭和五九年一二月二〇日控訴人から借り受けた金二五〇〇万円を昭和六〇年三月二〇日限り弁済することを約し、控訴人はこれを承諾した。

(二) 被控訴人及び訴外菱沼は、右債務の履行をしなかったときは、直ちに強制執行を受けることを認諾する。

2  よって、本件公正証書の執行力の排除を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1の事実は認める。

三  抗弁

1  控訴人は、昭和五九年一二月二〇日、訴外菱沼を本人及び被控訴人の代理人として、訴外菱沼及び被控訴人を連帯債務者として金二五〇〇万円を貸し渡し、訴外菱沼及び被控訴人はその弁済につき執行認諾文言を含む公正証書を作成することを同意し、必要書類を控訴人に交付したので、控訴人は、これに基づき公証人河津圭一に対し本件公正証書の作成を嘱託したものである。

2(一)  被控訴人は、右金員の借受け及び公正証書作成の同意につき訴外菱沼に代理権を授与した。

(二) 仮に訴外菱沼に右の代理権がなかったとしても、被控訴人は訴外菱沼に対し金融機関から金員を借り受ける代理権を授与しそのための委任状及び印鑑登録証明書を交付していたところ、訴外菱沼は借入先及び金額につき右代理権の範囲を超えて控訴人から二五〇〇万円を借り受け公正証書の作成を委任したものであり、控訴人は、右委任状及び印鑑登録証明書の存在並びに訴外菱沼が被控訴人の夫である金子欣司(以下「欣司」という。)と従前から親しく交際していたことから訴外菱沼に被控訴人を代理する権限があると信じたものであって、右のように信ずるについて正当な事由があったものであるから、被控訴人は民法一一〇条により責任を負うべきである。

四  抗弁に対する認否

1  1の事実は否認する。

2(一)  2の(一)の事実は否認する。

(二) 2の(二)の事実は否認する。

被控訴人は、訴外菱沼に対し、金融機関からの金員借入れの代理権を授与したことも、またそのための委任状、印鑑登録証明書等を交付したこともない。

三  証拠《省略》

理由

一  請求の原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について判断する。

1  《証拠省略》によれば、控訴人は昭和五九年の夏ころから訴外菱沼に対し金員を貸し渡し、同年一二月ころにはその額は一〇〇〇万円に達していたところ、同月二〇日ころ訴外菱沼は、被控訴人及びその夫である欣司の委任状(ただし、不動文字で委任事項として根抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記申請の件の記載がある。)と印鑑登録証明書とを持参し、欣司と被控訴人が保証するので更に金員を貸与するよう申し込んだので、控訴人はそのころ一五〇〇万円を弁済期昭和六〇年三月二〇日の約で貸し渡したこと、その後、控訴人は、期日に右各貸金の返済を受けることができなかったので、前記委任状及び印鑑登録証明書を利用し中里琳己を被控訴人の代理人として公証人河津圭一に嘱託して、右貸金合計二五〇〇万円の債務弁済を内容とする本件公正証書の作成を受けたことが認められる。

2  控訴人は、右金員の借受け及び公正証書作成に関し、訴外菱沼は被控訴人から代理権を授与されていた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

もっとも、弁論の全趣旨によれば、本件公正証書作成の嘱託の際使用された委任状(甲第九号証中の委任状の原本)の被控訴人の署名押印部分は真正に成立したものと認められるところであるが、次に述べるとおり、これによっては控訴人の主張を認めることはできない。

すなわち、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  訴外菱沼は、昭和五九年一〇月二六日ころ、訴外丸忠商事株式会社(以下「丸忠商事」という。)から二一〇〇万円を借り受けた。その際、欣司は、訴外菱沼から依頼を受けて右訴外菱沼の債務について連帯保証をした。

(二)  ところが、訴外菱沼は、同年一二月上旬ころ、欣司に対し、共栄生命保険株式会社の傍系会社である共栄ファクター株式会社(以下「共栄ファクター」という。)に右丸忠商事に対する債務を肩代わりしてもらえることになったので、欣司及び被控訴人所有の不動産を担保(抵当権設定)に提供すること並びにあらかじめ抵当権設定登記手続をするのに必要な右各不動産の登記済証、被控訴人と欣司の委任状及び印鑑登録証明書を用意してほしい旨依頼した。そこで、欣司及び被控訴人はこれを承諾し、それぞれ登記済証、委任状(ただし、不動文字で委任事項として根抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記申請の件の記載がある。)及び同月一六日付の印鑑登録証明書各二通を用意し、同月一八日ころ桐生市内の群馬銀行桐生支店付近の喫茶店で、欣司がこれを共栄ファクターの社員である佐藤信之介に直接交付した。

(三)  ところが、その直後共栄ファクターはいわゆる街の金融業者であって共栄生命保険株式会社とは何らの関係もないことが判明したので、欣司及び被控訴人は、担保提供を拒否し訴外菱沼に右登記済証、委任状及び印鑑登録証明書を共栄ファクターから取り戻すことを依頼した。そこで、訴外菱沼は、共栄ファクターから右各書類を取り戻したが、金策に追われていたため、欣司に対しては登記済証を返還しただけで右委任状及び印鑑登録証明書は共栄ファクターの店頭で即時破棄した旨虚偽の事実を告げ、同月二〇日ころ右各書類を勝手に利用して前記1認定のように控訴人から金員を借り受けた。

右認定の事実によれば、本件公正証書作成の嘱託の際使用された委任状(甲第九号証中の委任状の原本)は、被控訴人が訴外菱沼の債務の担保として自己所有の不動産につき抵当権を設定しその旨の登記手続をするため共栄ファクターに交付した委任状を訴外菱沼が取り戻しこれを勝手に控訴人に交付したものであると認められるから、これによっては控訴人の主張を認めることはできない。

3  次に、控訴人は、被控訴人は民法一一〇条により責任を負うべきであると主張するが、控訴人は訴外菱沼に金融機関から金員を借り受ける代理権を与えそのために委任状及び印鑑登録証明書を交付していたことを認めるに足りる証拠はないばかりでなく(前記2認定の事実によっても、被控訴人は、欣司を通じて共栄ファクターに対し直接登記手続に必要な書類を交付している。)、金員借受けについてはともかく、公正証書に記載される執行受諾の意思表示には民法一一〇条の規定の適用ないし準用はないから、控訴人の主張は失当である。

4  したがって、控訴人の抗弁は採用することができない。

三  そうすると、本件公正証書の執行力の排除を求める被控訴人の当審における訴えの変更後の請求は理由があるからこれを認容することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西山俊彦 裁判官 越山安久 武藤冬士己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例